
運転免許証更新のお知らせが届いた。
これで私もゴールド免許になる。
なんだか誇らしいものだ。
ちなみに、私の所持しているのは原付の免許である。
19歳の時、私は身分を証明できるものが一枚もなく、
さすがにそれでは、東京でひとりで生きていくには不都合が多すぎた。
かといって、車の免許を取る金も時間もない。
原付は、予算は1万円ほど、なんと1日ぽっきりで取れるのだ。
とりあえず身分証を求めてのことだったが、
心の中では「原付に乗って通勤とか、ちょっとカッコ良くない?」
などとも思っていた。
いざ、電車とバスを乗り継いで、
当時最も近かった東京は府中試験場まで行ったところ
「本籍のところでなければいけない」と言われた。
当時の本籍は実家のままだった。
学生時代の私は、自他共に認める貧乏学生。
交通費の数百円も惜しいかったはずなのに、一日がかりで損をしたのだ。
心が折れそうだったが、幸い、あと一か月ほどでお盆だった。
しょうがない、実家に帰ったときに取るか、
という方向で頭を切り替えた。
そして、8月の暑い日。
秋田モータースクールにて、
高校生に交じって午前中の試験を受けた。
勉強の甲斐あり、すんなりと合格。
(合格率は90%以上らしいが)
午後からは
座学の講習と、実際に運転の練習がある。
ここでもやはりヤンキーみたいな子達に混ざって授業を受けた。
座学を教えてくれたのは、60代ほどの強面のおじいちゃん。
「いいが!おめらは体ひとつで、
ダンプやでっげえクルマと一緒にはしるんだど!
それぶつかってみろ!まぢがいなぐ死ぬべ!」
普通に話していても、威力ある秋田弁のせいで
説教するような口調の先生だった。
「お前たちは死ぬ」を連発された後、
警視庁が作った
“いかにしてバイク事故は起こるか”
というような映像を見せられた。
事故現場や、死亡率などをリアルに知り、
注意して運転することを促すための、ビデオ。
あくまでも、映像の役目はそれだけのはずなのに。
・・・ぞくりとした。
高校のときのクラスメイトが、
ピザの配達中に事故で亡くなったことを思い出した。
(これだけ言われて、悲惨な映像を見せられて、
それでも原付に乗りたい人っているの・・・!?)
私は信じ難かった。
座学の後は、実際に練習場に出た。
今でこそ「ラフが一番」と、
帰省の際はジーパンしか持って帰らないが、
当時19歳。
“東京デビュー直後”の私は
「マルイで買ったオシャレな服」しか
持って帰っていなかった。
その時の服は、シャツにスカート、そしてパンプス。
(さすがにこれは、失敗したかな・・・)
講習は始まった。
女は私ひとりだった。
原付で道路に出ると、思いのほか怖かった。
ビデオで見た、原付が転倒する映像が、頭から離れない。
「あね!なしてそごですたつよぐブレーキつぐ!ばっこでいいんだ!」
「おめの靴だばあべわりな!かだわになっても知らねど!」
「おらの言ってるごとわがんねが!」
私は怒鳴られまくった。
運転の恐怖と、先生の方言の強烈さで
(いくら同じ県でも、地域によって当然方言の強度が違う。
その方は純粋なネイティヴだった)、
怒鳴られていることの意味の半分もわからなかった。
無傷で1日を終えたら、
遠くで私を見守ってくれていた友達が
「今後、一切乗らないほうがいい」
と教えてくれた。
――それから6年。
私は一度も原付に乗ることなく今日まで過ごしてきた。
免許証を見ると、あの夏を思い出す。
暑かった、夏の日を。
